banner

仙石線の早期復旧に向けて

カテゴリ:メーリングリスト情報, 仙石線復旧に向けて, 野蒜 / 投稿者:nemototakako
2011-09-09

date Wed, Sep 7, 2011 at 7:19 AM
くまじろー@東京

おはようございます。

八戸線が現行ルートで復旧し来年度初めの運行再開を目指す事が
JR東日本から発表された。
http://www.jr-morioka.com/pdf/press/pdf_1311827649_1.pdf
この発表を読むと集落の移転計画がない事や避難経路を整備していく事が関係自治体と確認とれた事が現行ルートでの復旧につながったようだ。

はたして仙石線は?

仙石線は東名運河南岸地域について集団移転計画がある。しかし、一方で復興方針図では運河北岸について「現行市街化区域の復興」や仙石線現行ルートを矢印で指して「仙石線の早期復旧と安全確保をJRに要望」と記している。

これだけを見ると、移転するのは現在の沿線市街地ではないので現行ルートでの早期復旧を目指しているのかと思ってしまう。

しかし、復興まちづくり計画骨子(案)や以前発表された復興まちづくり構想図を読解すると、現行ルートが3次防衛堤防用地となる事や最終的には仙石線を山側の集団移転地へ移設する事などが構想されている。

これではJRが現行ルートでの復旧を躊躇するのも無理はないと思われる。

次に避難経路についても国の津波シミュレーション待ち(これまでの質疑応答から、左記参照;http://save-hm.org/20110905/854としており、積極的に現行ルートで運行した場合の安全確保に取り組んでいるとはいえない状況です。

したがって、私見では仙石線の早期復旧を阻んでいるのは東松島市の対応にあるといわざるをえません。これは非常に残念な事です。

市内からの人口流出を止めるには仙石線を早期復旧する事が大事なので、早急にルート移設構想を見直し現行ルートの避難経路・安全確保に最大限注力する事を市当局にはお願いしたい。

沿線の復旧・復興に大きな責任が生じている事を認識し判断されたい。

date Thu, Sep 8, 2011 at 11:40 AM
吉田 修

以下私見です。
仙石線を現行ルートで再開してしまうと、またそこに集落が形成されみんな津波のことをいずれ忘れてしまい、また津波がきたときに被害がでるのではないか心配です。
三陸海岸の地層を北海道大学の平川一臣特任教授が調査したところ6千年に6回巨大津波があったと推定されています(8月22日朝日1面より)。また貞観までさかのぼらなくても1611年仙台湾を津波が襲っています、その津波の後現在の仙台市沿岸部に荒浜という集落が形成されたのですがそこは今回の津波で壊滅し多数の死者をだしてしまいました。
たとえば真夜中に地震があって避難しなければいけないとき、みんな逃げられるでしょうか?
高台移転が最善だとおもいます。

date Thu, Sep 8, 2011 at 12:53 PM
くまじろー@東京

吉田様、返信ありがとうございます。何回かに分けて回答したいと思います。
ご指摘の内容はごもっともだと思います。しかし、野蒜付近と同様に甚大な被害を受けた矢本-石巻間はすでに現行ルートで運行を再開しました。当然、その沿線には再び集落が形成されると思います。
吉田様はこの点についてはどう思われますか?

date Thu, Sep 8, 2011 at 1:23 PM
nacika

やっぱり生まれ育った町、ここで生活をすると決めた町ですから、仙石線が復旧したら、また戻ってくると思います。推論で物事を決めるのはちょっとあれですが、歴史は繰り返さないためにあるものだと思います。

ただ地元、特に亀岡付近に住んでいる人は現行ルートでの復旧を強く訴えているようです。

ただ同じ野蒜でも山の上に住んでいる私の家族は移転を期待しています。やっぱり、駅から近ければいいっていうだけかもしれません。

のびるは矢本と比較してもかなりの被害が出ており線路まで流されているので、元々住んでいた人がとどまっても、新たに引っ越してくる人がいるのだろうかと悩みます。

date Thu, Sep 8, 2011 at 7:09 PM
吉田 修

以下私見です。
以前はその区間も内陸移転・盛り土構造にするのがいいとおもってました。しかし石巻市が旧北上川~石巻港に河川堤防・海岸防潮堤をつくるとのことなので頑丈なものであればそれでもいいのかとおもってます。また東松島市の計画している防潮堤・堤防・かさ上げ道路で海側の地域を農地とするのもいいとおもいます。しかし基本住宅地は高台ないし内陸におくべきだとおもいます。
仙石線、先月代行バスも含めて全線乗車しました。石巻~矢本はディーゼル車復旧です、高城町以東を非電化復旧とすればコスト削減になるかもしれません。ただ排気ガスのことを考えると、あおば通~陸前原ノ町の地下鉄区間を走れないとおもうので、その場合松島海岸~陸前浜田で東北本線とつなぎ岩切経由で仙台に乗り入れるのがいいとおもったりしています。
代行バスで野蒜の壊滅を見たとき高台移転をぱっとおもいました。直観ですが鳴瀬川右岸から松島湾の広さだとなにかしら集落ができます、とくにこれから原発が減って分散型のエネルギー供給になっていくとホントにそうだとおもうのです。

date Thu, Sep 8, 2011 at 10:45 PM
くまじろー@東京

皆さん、こんばんわ。
nachikaさん、吉田様、返信ありがとうございます。色々と発信しているのですがなかなか限られた方からしか反応がないので、発信しても無駄なのかな~と思いかけていました。返信いただき大変嬉しく思います。

えーっと、まず代行バスからちょっと見たくらいで人の実家のある集落を壊滅させないでください!(笑)
新東名、特に奥の方は壊滅なんかしてません。バス停に「壊滅してません」って横断幕だそうかな?

私もNachikaさんや吉田様と同様に、震災直後は直感的に移転しなければならないだろうと思っていました。しかし4月、5月と帰省して自分の目で現地を見て、自分の足で歩き、自分で色々と考えた結果、数百年~1千年に1回くらいの津波被害ならばしかるべき減災措置を講じれば、東名運河北岸の現行市街地については移転は必要ないという結論に至りました。

まずお二人とも移転ありき、移転すべきだという考え方をひとまず横において考えてみてください。移転を強制するという事は土地所有権という私権の制限であり、いまの日本国においてはそれは非常に特殊なケースを除いては慎重に考えなければならない事です。仮に数100年~1,000年に1回の津波被害でそのような私権の制限を行うならば、他の過去の被災地(土砂災害、水害、地震や津波被害)も同様に私権を制限すべきです。

で、仙石線の話に戻れば、吉田様が矢本-石巻間について河川堤防・海岸防潮堤をつくる事を前提に現行ルートでの再開を是とするのでしたら、東名-野蒜付近も多重防御を行う計画になっているので、現行ルートで再開してもいいという事ですよね?

コメントを書く







コメント内容


*

Copyright(c) 2011 SAVE東松島 All Rights Reserved. Designed by o2BusinessTheme